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釈迦力狸

日々鍛錬する狸の話

七五三

息子君の七五三のために金曜の仕事終わりで家族と一緒に車で京都へ。

到着が夜中の1時になっちまった。

朝に45分ほどランニングしてから我が家の恒例松尾大社へ。

この時期七五三、お宮参りと大混雑で神社大儲けだわ。


肝心の息子君は晴れ着を着て最初はご機嫌だったが、、、



ご祈祷している最中から暑いと暴れはじめ、脱ぎ散らかして最後はこうなった。。。



誰に似たのだか。。

親族一同で昼に京懐石食べて、夜は沖縄の打ち上げに梅田へ。

ある日突然強くなるわけではなく続けることが唯一の突破口だという前向きな話で終始盛り上がる。

志ある皆さんと飲むのは楽しいな。


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高熱との戦い

入院直後から開始した広範囲に効くペニシリン系の点滴が効果を現し入院地点をピークに高熱は徐々に下がり金曜夜に平熱まで戻る。

抗生物質ってのはすごいな。

入院中に様々な検査を実施したものの、原因は特定されず点滴が効いていることからも細菌感染だろうとのこと。ただ通常感染系は白血球の値が上昇するがまったくあがっていないのが気になるところでこれも原因不明。

症状は高熱のみで下痢も咳も鼻水も喉の痛みもなし。

だだし血液検査からは体内の炎症の値がかなりまずい水準までいっており、血液、肝臓、腎臓系がボロボロになっており体の中を強烈に破壊された感じ。これは熱が下がっても簡単には戻らない。

今回の高熱は本気でやばくて、真面目に39℃以上で長時間倒れているときは死の淵が見えた。ここまで苦しかったのは初めてのこと。

高熱時に感じていたことをメモしておくと、、、

このまま高熱が続いて死んだら子供たちの成長が見れないことが一番の悔いであることを感じた。
本当に遺言を書かねばと思い子供や妻へのメッセージを考えていたら泣けてきた。


戦争時はマラリアや疫病抱えて行軍していたという話を聞くけどこんな状態になったら戦闘できるわけない。兵士の方はすごいなと本当に感じた。

普段は食欲旺盛だが高熱時は食べ物見るだけで気持ち悪くフルグラのヨーグルトかけ(毎日食べてる)とか想像しただけで吐き気がする食べ物でしかない。

色々とまともな判断ができなくなるし記憶がところどころ曖昧となり、寝たつもりでも変なわけのわからない夢のようなものに延々とうなされる。どうでもよいようなことが無限に頭のなかを回り続ける。

などなど

昔は感染症で多くの方が亡くなられたことを考えると医学の進歩により命が救われて良かった

一週間時間が止まってしまい肉体的にも仕事的にも失われたものも多いけど命あればまた何でもできる。

ちなみに少しでも筋力低下を抑えるべく筋トレを少しやろうとしたが肝細胞が壊滅されているせいかまともにできず即座に断念。

階段を歩いたり色々やってみたがすぐに息が切れて異常に汗をかく。

まずはまともに生活できるように筋力と内臓系を復活させるしかないか。

このダメージがどの程度で回復するかは走ってみないとまったくわからないなー。

病院は檻の中にいるようで辛い。







入院

夏休みの最終日、昼くらいにサイクリングから帰宅。

ご飯食べて娘とママは夏休みの宿題の仕上げに図書館に行くというので息子と二人で留守番。

息子とスゴロクやったりしていたが、お父さんどうもしんどい。息子君すまぬがテレビを見ておいてくれてと言って弱虫ペダルを見せておく。

節々が痛くなってきて頭が重い。熱を測ると38.7℃。

これはまずい。それからひたすら寝るも異常に汗をかいて布団がぐっしょりになる。

翌月曜日は休み明けで会社に行かねばならず熱は37.3℃位なのでまあロキソニン飲んでおけば大丈夫かと思って出社。

結果3時間で頭痛がまったく収まらずどうやっても無理になり早退。帰りに小さな個人病院へ行くも夏風邪だろうと言われあしらわれた。

そこからひたすら寝るが異常な発汗を繰り返して汗だして熱引いてまた熱上がってを繰り返す。

火曜の朝は汗だくで起きて36.8℃とやっと普通に近い状態だったのと大阪出張予定もあったた出社。

大阪着いたくらいから体調悪化し始め夕方にはまともに立っていられないレベル。

大阪にある551やお好み焼きやらの看板見たらいつも吸い寄せられるのに、今回は吐き気がするくらい食欲もゼロ。

阪急電車のなかで死にかけのおじさん状態になっており意識レベルが怪しかった。

これはただごとではないため夜になんとか診療所に駆け込んで検査をしてもらう。

血液検査、尿検査では肝臓、腎臓に異常値が出まくりエコー検査では左腎臓の腫れなども確認されちゃんと大病院で検査してもらわないと危ないよと紹介状書いてもらう。

水曜の朝も汗だくで起きて36.8℃と少し楽になった気がしたが病院に行って待合室で待たされているうちにどんどん体温が上昇し39℃まで上がる。

この状態で約三時間放置され死の淵が見えるしんどさだった。

大病院でも待たされた挙げ句に昨日と同じ検査をされ、また同じことやるのかよと思ったが従わざるを得ず39℃の高熱のまま病院内の検査室をたらい回しにされかなり消耗してイラついた。

結局検査結果は昨日よりも悪化しまくっており即入院勧告を受ける。

体力に余裕があれば埼玉に戻ってやろうと思っていたが、とても移動するだけの体力は残されておらずなすがままに病棟送りになった。

その後CT取ったり色々しているが原因は不明。

細菌感染の可能性が高いがそうとも言い切れないデータも出ているので色々調査してみるということになっている。

木曜に抗生物質の点滴で一気に症状は改善し熱も下がってきて普通に歩けるレベルにまで回復し食欲も回復してきた。

細菌感染だとすると、もっと自己管理が必要なんだろうな。






夏休みBBQ

養老公園をあとにして揖斐高原へ移動。

道中に養老ミートで飛騨牛をキロ単位で買ったが、最後に精算したら一人辺りにしても焼肉屋で食べる金額の三分の一にもならない破格。

飛騨牛はうまし!

しかしながら練習後の準備と子連れたくさんのBBQはちょっと無理だったかと反省。



火を起こして肉焼いて、米炊いて、野菜洗ってその間に風呂はいってとかやってるとなかなか時間かかる。女性陣は子供の世話やら何やらであまりゆっくり食べる時間もなかったり、私も子供があまり食べれてなかったので御飯食べさせてあげたり。

皆が揃う時間がなくゆっくり話す時間が取れなかった。

そのなかでも男の焼きそばを作り続ける消防士みぞさんには、敬礼!の一言。明日仕事なのに身を粉にして暑いなか作り続ける様はかっこええわ。

その後あずささんが引き継いで聖母マリアのように作り続けて頂いて頭が上がりませんわ。

まあ美味しかったけど反省多し。

やるならすべておまかせコースか、役割分担を明確にしておくか。BBQ専門部隊を先行させるとかしないとなかなかうまくいかんね。これは次回への課題。

日曜日の走るコースも台風の影響やらで悩ましく結局これ考えてたらほとんど皆さんと話せなかったのが残念無念。

この日は焼きそばおじさんに敬礼!ということで。





最強ホビーレーサー6人が教えるロードバイクトレーニング



ご縁をいただき、ロードバイクトレーニング本の一部に掲載いただくことになりました。

正直、私のような無名なその辺にいるサラリーマンが掲載されても「お前は誰やねん?」というところで何の参考にもならないのではないかと思われます。

5名は私よりもはるかに強く有名な方々が紹介されるので、私のこの本での役割はその辺のどこにでもいるダメなサラリーマンが人並みに走れるようになるまでという解釈で見ていただくとよいかと思います。

内容は昨年末に浦和の喫茶店にて編集者の佐藤喬さんにお話した内容が中心に書かれています。

話しながら、色々過去を振り返ってみたのですが、書いていることは嘘ではありませんがそれだけが真実でもありません。

その時意識していたことをうろ覚えながら話した内容が中心に書かれており、いま現在やっているトレーニングは敢えて書かれていません。

これは、本書を読む読者層を意識してのことだと思いますのでそのまま掲載してもらうことにしました。

本の中ではLSDの話を中心に書かれています。LSD不要論が最近多いようですが、他の5名の皆さんも必ず走り込みをかなりのボリュームでやっている時期があることが特徴的でおもしろいですね。

共通して言えるのは、走り込みのベースがあったうえで高強度をやるとこんな変態達が生まれるというところでしょう笑。

私も皆さんのトレーニングを見て非常に参考になりました。

ただ根本的な精神構造やら考え方はみんな似通ってるなーというのが感想で、たぶんこの部分が一番大事なんじゃないかな。

井上さんと奈良さんはよく練習でご一緒させて頂くし、清宮さんと森本さんは同い年、龍太郎さんはシルベストのアイドルチカちゃんの旦那というおもしろい関係でつながっている。

一度このメンバーで集まって練習会でも飲み会でもやりたいもんです。

LSDの話はまた補足書きます。

15連休幕開け

勤続15年の2週間休暇が開幕。

海外遠征も計画したが息子を連れて行く自信がなく断念し、国内で計画を立てる。

最初の3日間は、キャンピングカーで那須旅行。

キャンピングカーを借りて那須に移動。



千本松牧場のとうもろこし迷路。

パパと娘ペアとママと息子ペアに別れて挑む。




なかなか難しくママが出てこなかった。



なぜかウンチ。喜ぶ息子。


しかし、この後ぐらいから私の体調が急速に悪化。
子供達を遊ばせながら体調悪化と闘う。


あまりにしんどすぎて最後は歩けなくなりキャンピングカーの中で倒れてしまう。


しかしほとんど寝られず。キャンピングカーの中で悶絶の一日目を過ごす。







いよいよ

昨晩0時前帰宅。

その後1時30分まで自宅で仕事。

夜中ストレスで全く寝られず、5時から20分だけローラー。

再び一時間仕事して7時に家を出る。

これ続けて生きていけるのだろうか。



自転車はついに諦めざるを得ないのか。

引越

昨晩は0時過ぎに浦和着。

いよいよ新居での生活が始まる。

荷物が到着するまでは広い空間。



しかし、子供がいると大変だわ。
怪獣2匹がいるとなかなか進まんので、外に連され出して、その間に荷物搬入。 

帰ってくるとダンボールの量に圧倒される。

荷物が多すぎたか。

家の中に入りきらない現実と向き合う。

京都の自宅から規模が三分の二になってるんだから入るわけがないか。

あー、大丈夫やろうか。

四苦八苦

生活も仕事も安定せず死にそうな状態は継続中。

昨日も今日も家のことで色々やってたらトレーニングどころではなく、いよいよローラー乗ることも億劫になりだした。

雪崩のように崩壊している。

やるもやらぬも自分次第だが、我慢。

自転車乗っていたのは遠い過去の記憶になりそう。











一週間

人生でもっとも絶望した一週間だった。

今朝はローラーに少し跨がったが、処理すべきものが頭から離れず早く会社行った方が良いかと思い20分でやめた。

無理して乗るのは辞めよう。



引越

本日荷物搬出。

5年間過ごした精神と時の部屋ともお別れ。

忍耐力が試される。



あれから一年

昨年の今頃全日本選手権を走っていたのか。

辛かったが、最高の達成感が得られた瞬間だった。

今年は全日本選手権は地理的に厳しそうなのでパスした。

結果を見ると走りたかったなという気もするが、一人で戦えるレースではない。昨年はFJT氏のお陰で走り切れた。なんでいま別のチームなんだろうとふと思う。

来年はしがらみなく皆が高い志を持って純粋に競技ができるような環境整備をしたいものだ。

前半戦が終わり、最後の栂池はメンタル的にも肉体的にも無理でサイクリング大会。

体重も計ってみたら60kgオーバー。そりゃ走れるわけがない。周りが早いなーと思ってたけど自分がすごく弱くなっているだけだった。

もう完全に駄目だわ。

まずは、体重を記録してダイエットからやろうかな。

脂肪燃焼ライド。

90mim 250w 1380kj

今朝の練習後体重59.8kg


7月の終わりまでに58kg以下にするという目標に向かって頑張ろうかな。

ツールド沖縄で着に絡んでいるときで57kg台。いまは太り過ぎだわ。

ジョニーさんの殺し屋のような体を見て刺激を受けた。今回はジョニーさんの楽しい話に人生観が変わった旅行だった。



私もチベットに修行にいこうかな。













慰安旅行

朝から栂池高原をゆっくり一本登る慰安旅行。

最初の10秒で着いていけずに最下位になり、しばらく走ると腰痛が酷くなって止めた。

監督の粋な計らいで風呂入って蕎麦食って帰る。








また気分一新して新たな目標に向かって頑張ろう。

どうせやるなら楽しいことだけを考えてやらないとね。



熊野二日目

昨晩は擦過傷の痛みであまり寝られず。

昨日のレースは95%アウタートップで走ったせいか、落車のせいかわからないが右足の内側が激痛で歩くのも辛い。

チームメンバー上位3人の順位で成績が決まるため、てっちゃんと所長とあさのさんに託して降りようかと思ったが、アシストくらいはできるかと参加。

序盤から弱虫ペダルの大場とベルマーレとユーラシアが3人逃げる。

浅野さんが集団前方で牽くような形になっていたので、「私がやります」と告げて延々と千枚田入り口まで引き続ける。途中井上トシヤさんがサポートに入ってくれた。

といっても、どうせ追いつくだろうと思っていたので全力で踏んでいたわけではない。

千枚田に入ると弱虫ペダルが一気に4人くらい前を固める。

岡、前田、織田のナショナルジャージ3人組が前で暴れはじめ、てっちゃんと所長がかなりきつそう。

私は弱虫ペダルに着いていきながらてっちゃんと所長と浅野さんの位置を確認。

山頂前で岡がひとりで行く。

私はチームメンバー3人を引き上げるのと弱虫の二人を潰すのが仕事のため、力が別格の岡は追わず。

岡と逃げ続けるベルマーレの大井が先行し、弱虫ペダルの前田とユーラシアの選手と一緒に山頂通過。

下りで弱虫ペダルの織田と横浜高校のジュニアの有名選手も合流し5人の追走グループ。といっても私の仕事は後ろのメンバーの前待ちしての引き上げのためローテには入らない。

どのタイミングでうちの3人がいる集団に下りるか。

後ろからバルバの寺崎と湾岸のサイガが合流し、このメンバーで逃げ切られてタイム差が着くとチーム総合が危うくなる。

これはまずいので、足を止めて3人を待つ。いわゆる前待ち。

しばらくして後ろから来た30人くらいの集団の中に3名の姿を確認。前の潰すべきメンバーに、向けて集団を牽引し最後の金山交差点手前で前の面子を捕まえるまでひとりで引き倒す。

集団内の他のチームも驚いていたが、えらく感謝された。

最後は所長と浅野さんをゴール前300mまで連れていき、仕事終了し流してゴール。

無事にてっちゃんと所長が10位以内に入りチーム総合の表彰の可能性を残した。

アシストとしての仕事も悪くない。

明日もアシストの仕事をこなす予定。

熊野

ツールド熊野一日目。

路面は雨上がりでハーフウェット。

試走は一周をウェットタイヤで走る。結構調子が良いがKOMのあたりが滑ってデンジャラス。

車に戻り準備してサインへ。

ホイールはコンチを6.8barにして念には念を入れてKOMを走ってからサインへ。

ここでとんでもない災難に。

KOMの下りのラインを確認してたら前輪が苔に滑ってすっころぶ。

こけの上を滑り、ジャージがボロボロになり、かなり激しい擦過傷を負う。そしてハンドルが曲がってしまう。

スタートまで15分。

慌てて車に戻り自転車治してジャージを着替えて戻りなんとか5分前に戻ったが、ここでリアディレイラーが動かないことに気づく。スペアバイク取りにいこうとしたが、間に合わずどうしようもない状態でスタート。

フロント変速は動くのでアウタートップとインナートップの二段変速。

これでもなんとか耐えた。

しかし絶対行かせてはいけない岡がアタックしたときに完全に反応できるような状態ではなかった。

アウタートップでぶん回してローテ回すが弱虫ペダルが邪魔に入るので追走機能せず。

KOMがギアが足りず地獄の苦しみ。



3周目に入っても岡一人対集団でも追いつかず。

そしてラスト3キロ右側から上がろうとしていたところに左側からフラフラと斜行してきた選手が真横に移動し私の前に来て私の前輪に体当たり。たぶんE3の選手だろう。あの動きは絶対おかしい。

吹っ飛んだ。手と足をアスファルトに擦り付けて、後ろから来た選手に踏まれる。

自転車は大破して動かず。

後ろにいたみぞさんも巻き込んだ。

無理矢理ハンドルねじ曲げてなんとか、走れる状態にしてあさっての方角を向いたブラケットで走り出す。

先頭から5分遅れてゴール。

ステージレースが、一日で終わり、熊野で取るべき4レース分のポイントも最低しか取れないことが確定し、イエロージャージを守ることもできなくなった。

またチームランキングも陥落が確定した。それにしても女子の一位だけが100点入るルールはメチャクチャだわ。完走一人とかレースとして破綻してるし。


3ヶ月やってきたことが一瞬ですべて吹き飛んだ。

明日と明後日は体の状態見ながら考えよう。出れるならチームメンバーのアシストぐらいしかできないが、楽しんで走ろう。

今後のことは、この旅行中にゆっくり考えようか。楽しくなければやる意味がないし。

岡の強さにも完全に心折られた。一人で一時間アベ43キロで走り続けるっておかしいだろう。


村上社長、せっかく用意してくれたのすべてを台無しにして申し訳ありません。


岡山~山口

昨晩は法事終了後に岡山まで移動して一泊。

岡山から山口に向かう道中で岩国の公園と秋吉台に家族旅行。



二人で遊べるようになってきた。



少し秋吉台のららカルストロードサイクリングして夜は湯田温泉に一泊。



明日はきらら浜。

去年は無双モードで過去最高出力を記録して圧勝したけど、今年はどうだろう。冷静に判断ミスしないように走らないとな。

宇都宮の裏側で

60min 178w 120bpm

パパが宇都宮に出稼ぎに行っていたその裏で、娘は初めてのお遣い。何だか嬉しいね。


嫁のFBよりコピペ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日は、5歳の娘が突然パンを買いに一人で行くと言い出した。よく行くパン屋さんで、家から100メートルちょっとの距離の所にある。
そんな事を言うなんて大きくなったなぁ、行かせてあげたいと言う気持ちもあるけれど、一人で出歩く事も初めてで、パンを買って、お金が払えるのかとおもうととても心配💦
一緒に行くと言うと、嫌だ一人で行くと。機嫌が悪くなりそうなところを何とか説得し、後ろから着いていくだけで口を出さないと約束し、一緒に行くことに。



後ろを着いて歩き無事にパン屋さんに到着。
お店の中はお客さんでいっぱい。心配な気持ちで 外で見守る 。子供にはちょっと高い位置にあるため、パンを掴むのに苦戦している。そしてトレーは完全に斜め🎢パンを乗せたら完全にアウトな感じ😣何とかパンを取りトレーに乗せて次へ。トレーを気をつけて持ってはいるが時々パンが滑ってる😱ハラハラしながら中に入りたい気持ちを押さえて我慢。
レジが近づいたときに、チラッとお店に入りレジの人に「子供が一人で買いたいのでお願いします」と伝えて再び外に。
会計を自分の財布の中から出すのにも時間がかかる。混んでるし周りの人に迷惑かけてしまって申し訳ないけど、一生懸命頑張る娘を見守る。お店の人が、親切でほんとに優しいので、お忙しいなか嫌な顔せず待ってくださり感謝🙏
無事に支払いを済ませて出てきた娘は、誇らしげな笑顔✨✨


娘を信じて待ってて良かったと思いました。
たいしたことではないけれど、プチ初めてのお使い。娘の成長を感じました🎵

食中毒

夜も一時間に一度目が覚める地獄タイムを過ごし、食欲ゼロで体力ゼロ。

朝から寝るしか選択肢がないほどの体調不良。岡山に帰省予定であったが夫婦揃って倒れてしまったのでとても無理で結局二人とも一日寝ていた。

夕方に少し体力回復したのでローラー。

60min 159w 107bpm
これが限界。

昨晩のすき焼きとかお節を見ると吐き気がしてくる。今日はフルーツとヨーグルトぐらいしか食べられず、プロテインですら胃に堪える調子。

健康に美味しいものが食べれるのが一番の幸せだなーと感じた一日。

2015年


70min 240w 1000kj


2015年リザルトを振り返ってみる。

1月
JCX希望ヶ丘19位
関西CX堺6位
関西CX桂川6位

3月
西日本チャレンジロード6位

4月
舞洲TT13位
舞洲クリテリウム優勝
菖蒲谷CJ2 優勝
白浜TT4位
白浜クリテリウム2位

5月
朽木CJ1 3位
堺クリテリウム落車
ツールド熊野二日目3位
ツールド熊野三日目4位

6月
全日本選手権35位

7月
西日本ロード4位
西日本ロード2位

8月
5st総合不明
宮田ヒルクライム16位
宮田クリテリウム2位

9月
渡瀬TT4位
舞洲クリテリウム3位
魚沼TT2位
東日本ロード優勝
全日本ロード2位

10月
大星山ヒルクライム6位
きらら浜クリテリウム優勝
輪島ロード8位
JCXびわこマイアミ17位

11月
CJ2湯船MTB優勝
関西CX大野ダム4位
関西CX日吉ダム4位
JCXマキノ高原47位
関西CXマキノ高原12位

12月
関西CX東近江6位
関西CXりんくう6位

優勝5回
2位5回
3位2回
4位6回
5位0回
6位6回


数えてみると年間35レース。入賞24回。

一番自分の中で価値あり達成感あったのは全日本選手権の35位だ。ゴール後に本当に競技続けてきて良かったと思えた瞬間だ。

実業団のE1は、優勝以外は負けのレース。

シクロクロスは4位から6位が定着してきたが一つ一つの順位に重みがある。


金銭的に考えると1レースエントリー費6000円としても、、、計算できん。

遠征費含めると、、、もっと計算できん。

しかし、得たものはプライスレスだ。

金は墓場に持っていけないが経験したすべての思い出は死ぬまで自分の心に残る。

ええ大人が、あほみたいに限界に挑戦する。これほど幸せなことはない。

おっさん達がエリートツアー優勝だとか意味わからないこと言って真剣に一丸となって取り組む。

泥まみれになりながらシクロクロスを走り回る。

誰も褒めてくれない伊達と酔狂の世界だけど最高に楽しいじゃないか。

何より支えてくれた家族と熱き仲間達にに感謝。








ぶっ倒れる

昨日の昼くらいから体が急激な倦怠感に襲われふらふらしはじめる。

外にでると寒気に襲われる。なんか体がおかしい。

昼の会議、夕方の会議と続くが夕方の会議では議事進行しながら頭痛に悩む。

会議終了後にこれはまずいと思いカロナール飲んで即帰宅。

家に帰って熱はかると37.6度。

即寝るが、異常な寒気でフリース2枚着て、布団2枚重ねてモコモコで寝るが、頭の中がおかしくてうなされるような感じ。

朝起きると39.2度。


ローラーやるか悩むがさすがに無理か。

インフルエンザの可能性もあるため出社はやめておく。

朝一番病院にいったところインフルエンザではないこと確認。

かなり体が疲れているのが原因か。

マキノのときのよくわからない絶不調もこれの伏線だったのかもしれない。

今日はおとなしく寝ておく。








佐藤さんとエリートツアーを振り返る

Jエリートツアー2015年を激しく戦ったVC福岡の佐藤さんとシーズン終了後にお互いの健闘を讃え合う会をやろうという話をシーズン中からしていたが昨日ついに実現。

2015年のレースシーンはスポーツマンシップ溢れる気持ちの良い一年。

サイクルフリーダム、東京ベントス、VC福岡と強豪チームで競い合ったわけだが、レース後もお互いを讃え合うレースが多かった。気持ちよくお疲れ様、おめでとうが言える関係は素晴らしい。レース中も三味線ひいたり、結構笑いながら走っていた。

何より今年のレースは総じて安全だった。

怖いと思う局面はほとんどなくレースを楽しめた。


そんな一年の裏側を振り返る3時間30分。あのレースのアタックの真相、ゴール前の微妙な位置取り等、同じレースを走らないとわからない話。ドラマですよ。


後半はひたすら佐藤さんの志が眩しかった。

私はこのままで良いのかという危機感も抱いた。

来年はどんな一年にしていこうか。

E1で濃く戦ったメンバー達。

やはり監督の全日本入賞は各地でレジェンドになっていたようだ。






運動会

朝6時に腹を壊して目が覚める。

やばい下痢。

朝から3回ピットイン。

今日は娘の運動会のため7時30分に場所取りへ。その後下痢薬を買いに薬局へ。

壮絶な、親達の戦いを垣間見た。

さて、娘と一緒に走ったりして、いつもは見れない緊張した娘を見れた。

でも、かけっこはほとんど最下位だった。

あまり闘争心がないのかな。



来年に向けてスパルタ教育。



15時過ぎに輪島に向けて移動。



明日は下痢のため力が入らないだろうなー。

ベンベン。


九州旅行1

今年の夏休みはまだ未開の血が多い九州旅行だ。




19時45分発のフェリーで瀬戸内海を渡り、別府港へ。

フェリーは商船三井のサンフラワーだ。

船内はレストランや大浴場完備で快適。大道芸人のショーもあって娘もおおよろこび。ただ2階建ベッドの狭い空間で娘と二人で狭苦しいスペースで寝る。

空気が悪くて喉がやられてしまった。



7時55分に別府港に到着しまずは、宮崎県の高千穂峡に突撃。

生憎の雨だったが、観光。周りは中国人ばかりだったな。

食堂でチキン南蛮と冷汁を注文したが、20分後から来たカップルが同じ注文をして間違えてそちらを先にだしやがったのが頭にきた。



その後南阿蘇から大観峰までドライブ。阿蘇の山々はいくらみても飽きない。最高のサイクリング環境。



鍋ヶ滝で娘が暴れる。



蕎麦街道で蕎麦食べる。最高にうまし。



仕上げは別府名物、とり天を頂く。



息子は一日中せんべいを食べまくる。




今日はノーライドだったが明日はやまなみハイウェイを疾走予定。

車屋さんへ

4日間の入院生活。

まともに入院すると頭おかしくなりそうなので、朝の点滴終わると外出。病院食では体がもたん。

トレーニングは控えて、ご馳走食べて車屋さんへ。

車って高い。

300万円ね、、、。

でも外車になるとその倍ね。

それでもみんな買うんだよなー。

使用頻度は自転車の方が多いのだから自転車に150万円くらいだしても罰はあたらんと思うのだが、そんなもん買うのはどうかしてると言われてしまう。

車屋が勝手に作る相場観に引っ張られてはいかんなー。

まあ、便利さを金で買うという感覚なのかな。ってことで求める機能を備えた車を買う。

やっぱ新型ステップワゴンが有力だな。

でもエックストレイルも気に入ってるんだけどな。


さようならプレート



朝一入院で鎖骨から重さ20kgのチタンプレートを取り外す。モーターをしこんでいたので、今後は使えなくなるのが残念だ。

全身麻酔は色々疲れます。

休養



腹筋100回のみ

子供がぐんぐん成長していく姿には感動するなー。昨日は息子が3歩くらい歩いた。

最近はパパが脱ぎ散らかしたベルトをよく食べている。

後半戦も目標しっかり立てて計画的に積み上げる。



全日本選手権前日

昨日のいきつけの鍼灸院で針治療を行ったところ膝の痛みはなくなった。

適切な処理に感謝。

これより新幹線に乗り、いざ那須塩原へ。

日本で一番厳しいレースの全日本選手権。サラリーマンがどうこうできるようなレベルでないことはわかっている。

完走できる確率は10%もないと思うが、可能性が1%でもある限り諦めずに走り続けたい。

しょうもないトラブルだけないことを切に願う。

おしっこどうするかが一番の課題だ。




ノーライド

日に日に調子が悪くなっていくし、仕事で色々身動きとれないので何もしないことにした。

熊野一日目は、かなりの高確率で着に絡めるコースレイアウトなので、万難を排して出たかったがやむなく欠場。

速報が楽しみだ。














初節句

箕面に朝練に行くが誰もおらずに結局一人で朝練し2000kj走って10時に帰宅。

今日は長男の初節句。

京都の筍亭で筍料理を食べて、家ではひたすらお菓子を食べ続ける。


IMG_1157.jpg

立派に育っておくれ。

ノーライド

昨晩は帰宅が23時過ぎ。

睡眠と回復重視で今朝は朝練なし。

土日もレースに行けるような状況ではないが、、、出るからには最善を尽くす。



なるようにしかならないぜ。

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